ゲノム編集と私たちの選択

診断後のCRISPR遺伝子編集との向き合い方:情報収集、倫理、そしてあなた自身の意思決定プロセス

Tags: ゲノム編集, CRISPR, 遺伝性疾患, 意思決定, 倫理

遺伝性疾患の診断を受けたときに考える、CRISPRという技術

遺伝性疾患と診断されることは、ご本人やご家族にとって、大きな驚きや不安を伴う出来事であると拝察いたします。様々な情報が頭の中を駆け巡り、将来について多くの問いが生まれることと思います。

近年、「ゲノム編集」あるいは「CRISPR(クリスパー)」といった技術が、遺伝性疾患の治療法としてニュースなどで取り上げられる機会が増えてきました。この技術に希望を感じる一方で、「それは自分に関係があるのだろうか」「安全性はどうなのか」「倫理的に問題はないのか」といった疑問や不安を抱かれる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

この技術はまだ研究開発段階にあるものも多く、全ての遺伝性疾患に対する確立された治療法ではありません。しかし、将来の選択肢の一つとして、または技術の進歩が社会にどのような影響を与えるかを知る上で、正確な情報を得て、ご自身のペースで考えていくことは非常に重要です。

この記事では、遺伝性疾患の診断を受けた方が、CRISPR遺伝子編集という技術についてどのように理解し、向き合っていくか、そのための情報収集のポイント、倫理的な側面への考え方、そしてご自身の意思決定を進める上でのヒントを提供いたします。

CRISPR遺伝子編集技術とは何か、改めて理解する

CRISPR-Cas9に代表されるゲノム編集技術は、生物の設計図であるDNAの特定の部分を、精密なハサミのように切断したり、置き換えたりする技術です。「遺伝子を編集する」と聞くと、難しく感じられるかもしれませんが、遺伝性疾患においては、病気の原因となっている遺伝子の変異(間違い)を「修正」したり、その遺伝子の働きを「調整」したりすることで、病気を治療あるいは改善する可能性が期待されています。

現在、遺伝性疾患の治療として最も研究が進んでいるのは「体細胞編集」と呼ばれるものです。これは、患者さんご自身の体の一部の細胞(例えば、血液の細胞や肝臓の細胞など)に対して遺伝子編集を行い、その細胞を体に戻す、あるいはその細胞が体内で遺伝子の働きを改善することを目的としています。体細胞編集は、編集された遺伝子がその方限りにとどまり、お子様には遺伝しません。

一方で、「生殖細胞編集」というものもありますが、これは受精卵や精子・卵子といった生殖細胞の遺伝子を編集するため、その編集内容は生まれてくるお子様やさらにその先の世代に遺伝します。生殖細胞編集は、技術的な課題や倫理的な問題が多く、多くの国で法律やガイドラインによって禁止あるいは厳しく制限されており、現在、遺伝性疾患の治療として臨床応用されているものではありません。この記事で主に焦点を当てるのは、遺伝性疾患を持つご本人に関連する可能性のある体細胞編集の考え方です。

信頼できる情報を集めるためのヒント

CRISPR遺伝子編集に関する情報は、インターネットや様々なメディアで目にすることができます。しかし、中には不正確な情報や、過度に期待を煽るような情報も存在します。遺伝性疾患と診断され、将来の選択肢としてこの技術に関心を持たれた際には、特に情報の「質」を見分けることが大切です。

CRISPR技術が提示する倫理的な問いと向き合う

CRISPR技術は、生命の根幹である遺伝子に直接手を加える技術であるため、その応用は様々な倫理的な問いを私たちに投げかけます。遺伝性疾患の治療という文脈においても、以下のような問いが考えられます。

これらの問いに対する明確な「正解」はありません。社会全体で議論が進められているものもあれば、個人が自身の価値観に基づいて考えざるを得ないものもあります。遺伝性疾患を持つご本人やご家族としては、これらの問いを「技術開発側の問題」として片付けるのではなく、ご自身の状況に照らし合わせ、率直な疑問や不安を抱きながら向き合ってみることが大切です。

ご自身の意思決定プロセスを進めるために

遺伝性疾患と診断され、将来の選択肢としてCRISPR遺伝子編集について考える際には、一度に全てを決めようとせず、ご自身のペースでステップを踏んでいくことが推奨されます。

  1. 現在の状況と向き合う: まずは、現在の病状、利用可能な治療法、ご自身の生活状況や価値観を整理しましょう。CRISPRだけが唯一の選択肢ではないことを理解します。
  2. 正確な情報を収集する: 前述のヒントを参考に、信頼できる情報源からCRISPR技術に関する基本的な情報、特にご自身の疾患と関連する可能性のある研究や臨床試験の状況について学びます。
  3. 疑問や不安を整理する: 情報収集の中で生まれる疑問や不安、倫理的な懸念などを書き出してみましょう。漠然とした不安も言語化することで整理できます。
  4. 専門家と話し合う: 遺伝カウンセラー、医師、認定遺伝看護師など、この分野の専門家との対話は非常に有益です。整理した疑問や不安を伝え、専門家の知識や客観的な視点からアドバイスを得ましょう。専門家は、特定の治療法を強く推奨するのではなく、様々な選択肢とその可能性、限界、リスクについて、ご自身の状況に合わせて説明してくれるはずです。
  5. ご自身の価値観と向き合う: 倫理的な問いを含め、CRISPR技術をご自身の状況にどう当てはめて考えるか、時間をかけて内省します。どのような状態を望むのか、どのようなリスクは許容できるのか、ご自身にとって何が最も大切かを考えます。
  6. 家族と話し合う: 必要であれば、信頼できるご家族と話し合います。遺伝性疾患は家族にも影響を与える場合がありますし、意思決定のプロセスにおいて家族のサポートは大きな力となります。
  7. 結論を急がない: CRISPR遺伝子編集はまだ発展途上の技術です。現時点で明確な治療選択肢でなくても、将来的な可能性を知っておくことは無駄ではありません。いますぐ最終的な決定を下す必要はありません。

まとめにかえて

遺伝性疾患の診断という困難な状況において、CRISPR遺伝子編集技術は希望の光となりうる一方で、多くの不確実性や倫理的な問いを伴います。情報に圧倒されたり、不安を感じたりすることは自然なことです。

大切なのは、焦らず、信頼できる情報に基づき、ご自身の価値観や状況、そして大切な方々との関係性を考慮しながら、一歩ずつ考えていくことです。専門家との対話を積極的に活用し、ご自身にとって最善と思える向き合い方、意思決定のプロセスを見つけていくことが、この新しい技術と共存していく上で重要であると考えます。